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ウズベキスタンのおもしろい事実30選:自然からプロフまで
AroundCAチーム

この記事で紹介している場所: サマルカンド · ブハラ · ヒヴァ · タシケント

ウズベキスタンのおもしろい事実30選:自然からプロフまで

ウズベキスタンから外洋に出るには、少なくとも二つの国境を越えなければなりません。世界で同じ立場にある国はもうひとつだけ、小さなリヒテンシュタインです。

これが、ウズベキスタンのおもしろい事実30選のひとつめ。タシケントの旅行会社である私たちが、旅の途中でついお客さまに話してしまう話ばかりです。どの事実も確認済みで、数少ない伝説は伝説として明記し、それぞれに詳しく書いた記事へのリンクを添えました。

自然:山、湖、そして世界一新しい砂漠

タシケント近郊、チムガンの山の斜面
タシケント近郊、チムガンの山の斜面

多くの旅行者が思い浮かべるのは砂漠と青いドーム。けれど地図には、雪をかぶった峰や野生の森、誰も計画しなかった湖もあります。

1. 世界に二つしかない二重内陸国のひとつ

ウズベキスタンには海への出口がなく、隣国もすべて同じく海に面していません。そのため、世界に二つしかない二重内陸国のひとつです。もうひとつはリヒテンシュタイン。ですから、ここでのビーチ休暇といえば山の貯水湖か砂漠の湖。詳しくはウズベキスタンでの休暇のガイドで紹介しています。

2. 野生のチューリップと世界遺産の森

オスマン帝国の庭園やオランダの球根畑よりはるか昔から、は中央アジアの山々に咲いていました。その故郷としてよく名前が挙がるのが天山山脈です。カザフスタン、キルギスにまたがるは2016年からユネスコ世界遺産で、野生のクルミやリンゴの森が広がり、アンズ、ナシ、サクランボの野生種も育ちます。4月には周辺の斜面にチューリップが咲きます。山のガイドもどうぞ。

3. 最高峰は、よく名前が挙がる山ではない

(3,309m)は、タシケントの何世代もの登山者にとって最初の本格的な頂で、周囲の土地から1,689mもそびえています。山(4,301m)はタシケント州の最高地点で、国の最高峰と紹介されることもよくあります。でも実際の最高峰は、南端のハズラト・スルタン山(4,643m)です。ルートと季節はウズベキスタンのハイキングの記事で。

4. 偶然生まれた砂漠の湖

大洪水の1969年、シルダリヤ川のチャルダラ貯水池はあまりに多くの水を放流しなければならず、その水は砂漠の真ん中のアルナサイ低地へ流されました。水はそのまま残り、今ではは魚と鳥、岸辺のユルトキャンプのある大きな湖です。アイダルクル湖とヌラタウもご覧ください。

5. 世界でいちばん新しい砂漠

が縮むにつれ、干上がった湖底は新しい砂漠になりました。形成が始まったのは1960年以降です。世界でいちばん新しい砂漠と呼ばれ、の古い漁船は今その縁に並んでいます。行き方はカラカルパクスタン旅行ガイドで説明しています。

歴史:都市、君主、そして7世紀の壁画

ヒヴァのイチャン・カラとカルタ・ミナル
ヒヴァのイチャン・カラとカルタ・ミナル

初めての旅でほぼ必ず訪れる場所の、その背景にある物語です。

6. 8つのユネスコ世界遺産

ウズベキスタンには世界遺産リストに登録された遺産が8件あります。最初は1990年のヒヴァの。続いてブハラ、シャフリサブズ、サマルカンド、西天山、ザラフシャン川沿いのの回廊、トゥランの寒冷な冬の砂漠、そして2026年7月にはタシケントの10のモダニズム建築が加わりました。それぞれの場所はウズベキスタンの見どころのガイドで紹介しています。

7. 7世紀の壁に描かれた朝鮮半島からの使節

1965年、サマルカンドのアフラシャブの丘で道路を通す工事をしていた作業員が、650年頃王のために描かれた壁画を掘り当てました。上部はすでにブルドーザーに削られていました。残った部分には贈り物を携えた使節団が描かれ、その中には絹を持つ唐の人々や、羽根飾りの冠をつけた二人の男性がいます。この二人は朝鮮半島の高句麗からの使節と考えられています。壁画を描いた人々の世界はソグド人の記事で。

8. ヨーロッパで「タメルラン」と呼ばれる理由

は1336年、今のシャフリサブズにあたるケシュの近くで生まれました。古傷のために片脚が不自由になり、ペルシア語のあだ名「ティムーレ・ラング(足の不自由なティムール)」が、ヨーロッパの言語で「」になりました。1941年、人類学者ミハイル・ゲラシモフが墓を調査して負傷を確かめ、頭蓋骨から顔を復元しました。続きはグーリ・アミール廟のガイドで。

9. モンゴル軍が残したミナレット

ブハラのは1127年に完成し、高さは約46m。発掘で地下13mまで掘っても、基礎の底には届きませんでした。1220年にモンゴル軍がブハラを攻め落としたとき、この塔は壊されずに残りました。伝説によれば、チンギス・ハンが頭をのけぞらせて塔の先端を見上げると帽子が落ち、これほど偉大な者が塔に頭を下げたのだから残すべきだ、とされたといいます。詳しくはポイ・カラーンのガイドで。

10. 今も人が暮らす博物館都市

ヒヴァの内城イチャン・カラには、高さ8〜10mの土の城壁の内側に50以上の歴史的建造物と約250軒の古い家がぎっしり並び、今も家族が路地で暮らし、働いています。には正面の門もドームもなく、平らな屋根を212本の彫刻された木の柱が支えています。柱の中には建物そのものより古いものもあります。イチャン・カラのガイドを手に歩いてみてください。

11. ムガル帝国の創始者はアンディジャン生まれ

は1483年2月14日、フェルガナ盆地のアンディジャンで生まれ、12歳でフェルガナの王位に就きました。のちにインドでムガル帝国を開きます。母語のチャガタイ語で書かれた回想録『』は、今も盆地の町々の姿を伝えています。彼の最初の都についてはアフシケントの記事で。

科学:アルゴリズム、星、そして円周率π

サマルカンド、ウルグ・ベクの六分儀の地下に残る弧
サマルカンド、ウルグ・ベクの六分儀の地下に残る弧

学校の数学や天文学の教科書に出てくる名前のいくつかは、この土地の人々のものです。

12. 「アルゴリズム」という言葉はホラズムから

ムハンマド・は780年頃ホラズムに生まれ、バグダードの「知恵の館」で活躍しました。その名のラテン語形から「アルゴリズム」が生まれ、「代数(アルジェブラ)」は著書の題名にあるアル・ジャブルに由来します。ヒヴァには彼の像が立っています。訪問の計画にはヒヴァを1日・2日でをどうぞ。

13. ウルグ・ベクは1年の長さを誤差25秒で測った

はサマルカンドの天文台で、1年の長さを365日5時間49分15秒と算出しました。実際より約25秒長いだけで、1世紀後のコペルニクスより正確でした。彼の星表は1665年、トマス・ハイドがで刊行し、活字となってヨーロッパに届きました。観測機器の巨大な大理石の弧は、今もウルグ・ベク天文台で見ることができます。

14. サマルカンドで求められた小数16桁の円周率

1424年、ジャムシード・は円周率を小数点以下16桁まで計算し、当時最も正確な値を得ました。約180年後にルドルフ・ファン・ケーレンが20桁に達するまで、誰も上回れませんでした。アル=カーシーはウルグ・ベクの宮廷で最良の仕事をし、1429年にサマルカンドで亡くなりました。その宮廷の様子はティムール朝の遺産の記事でよみがえります。

15. アヴィケンナはブハラ近郊で生まれた

ヨーロッパでアヴィケンナとして知られるイブン・スィーナーは、980年頃、ブハラ近郊の村で生まれました。著書『医学典範』は何世紀ものあいだヨーロッパの大学で標準的な教科書とされ、今では生まれた村に記念博物館があります。詳しくはサマルカンドとブハラの博物館のガイドで。

16. 日光と鏡で動く炉

タシケントから約45 kmのパルケント近郊にあるは、1987年から稼働しています。62基のヘリオスタットが日光を10,700枚の小さな鏡でできた集光器に送り、その熱で新しい素材の試験や製造が行われます。タシケントのモダニズム建築の世界遺産の構成資産でもあり、私たちは太陽炉へのツアーを手配できます。タシケントからの日帰り旅行もご覧ください。

食とお茶:プロフ、ノン、そして100種のメロン

肉を上にのせたサマルカンド風プロフ
肉を上にのせたサマルカンド風プロフ

お客さまの多くは、食卓でこの国を理解し始めます。

17. プロフはユネスコのリストに

「パロフの文化と伝統」は2016年、ユネスコの無形文化遺産リストに登録されました。は日常食であると同時に、婚礼や祝日、客のもてなしの料理でもあります。タシケントの「(五つの大鍋)」では、巨大なカザンで火にかけて作る様子が見られます。どこで、どう食べるかはウズベキスタンのプロフで。

18. ノンの模様はパン職人のサイン

丸いパンノンの平らな中央は、釘などで作ることの多いスタンプで押されます。こうすると中央が膨らまず、蒸気も抜けます。職人は自分の模様をサイン代わりにしています。伝説によれば、ブハラの君主がサマルカンド一のパン職人を窯や小麦粉、水ごと宮廷に呼び寄せましたが、焼き上がったパンは違うものでした。足りないのはサマルカンドの空気だ、と職人は答えたといいます。詳しくはウズベクのパンの記事で。

19. ひとつの祭りに100種以上のメロン

この国の西部では、メロンがデザートです。ホラズムのメロンの旬は6月から10月で、8月にはヒヴァでメロン祭り「コヴン・サイリ」が開かれます。2026年には100種以上のホラズムのメロンが並びました。生のメロンは帰りの飛行機に耐えられませんが、ドライメロンなら大丈夫。ウズベキスタンのお菓子もご覧ください。

20. 最初の3杯のお茶はポットに戻される

客に出す前に、主人はにお茶を注ぎ、ポットに戻すことを3回くり返します。これが、ウズベク語の「戻す」に由来する。お茶がしっかり出て、4杯目でようやくきれいな器に注がれ、あなたの前に出されます。国民的な飲み物は緑茶ですが、タシケントでは紅茶が好まれます。詳しくはお茶とチャイハナで。

21. スマラクは甘いのに、砂糖は入れない

ナヴルーズの料理は、発芽させた小麦と水だけで作り、甘さは芽そのものから生まれます。大きなカザンで夜通し煮込み、最後の夜は昔から鍋を囲んで歌って過ごしました。お祭りの全体はウズベキスタンのナヴルーズの記事で。

工芸と音楽:紙、絹、耳で覚える歌

サマルカンドのコニギルで、桑の紙を石で磨く
サマルカンドのコニギルで、桑の紙を石で磨く

こうした工芸の多くは今も手作業で、いくつもの工房で職人の仕事ぶりを見学できます。

22. 石で磨くサマルカンド紙

サマルカンド近郊の工房は、途絶えた技を復活させるため1996年に開かれました。水車が桑の樹皮をついてパルプにし、一枚一枚を瑪瑙や貝殻、角で何時間も磨きます。およそ400年もつように作られています。伝説によれば、751年のタラス河畔の戦いで捕らえられた中国人がサマルカンドに製紙を伝えたとされますが、実際にはそれ以前からこの地で紙は使われていました。コニギルのサマルカンド紙もご覧ください。

23. ユネスコが模範とするマルギランの絹織り

2017年、との手織りを復興する工芸発展センターが、ユネスコの「保護のためのグッド・プラクティス」に登録されました。アトラスは絹100%、アドラスは絹と綿の交織です。ヨドゴルリク工房では、繭から織機まで糸の道のりをたどれます。マルギランの絹もどうぞ。

24. 1枚のスザニを、何人もの手で

づくりは、図案描きの職人が細長い木綿の布に図案を描くところから始まりました。布は家族や近所の女性たちに配られ、同時に刺繍されます。縫い合わせると継ぎ目の模様がわずかにずれる――それが多くの手による仕事の証です。詳しくはスザニ刺繍の記事で。

25. リシタンの青は草原の植物の灰から

伝統の釉薬は、春に集めた野生植物の灰から作るアルカリに石英の砂を混ぜたもので、銅を加えるとトルコ石色になります。今ではほとんどの工房が既製の釉薬を使いますが、古い製法を復活させた職人もいます。リシタンの陶器もご覧ください。

26. シャシュマコムは耳で学ぶ

(「6つのマコム」)はブハラの古典音楽で、歌と詩と器楽からなる長い組曲です。楽譜に残せるのは骨組みだけなので、今も師から弟子へと受け継がれています。ユネスコは2003年、口承遺産の傑作として宣言しました。ウズベキスタンの音楽のガイドで耳を傾けてみてください。

今のウズベキスタン:地下鉄、長いトンネル、高速列車

タシケントの地下鉄駅のシャンデリアと柱
タシケントの地下鉄駅のシャンデリアと柱

現代のこの国にも、記録を持つものがあります。

27. マグニチュード9に耐える、中央アジア初の地下鉄

は1977年11月6日に9駅で開業した、中央アジア初の地下鉄です。初期の3路線はマグニチュード9.0の地震に耐えるよう造られ、トンネルは地上からわずか8〜25mの深さを走っています。2018年6月1日からは、装飾された駅構内も含めて自由に撮影できます。タシケントの地下鉄もご覧ください。

28. 中央アジアで最も長いトンネル

へ向かう路線の峠の下を通る鉄道トンネルは全長19.2kmで、中央アジアと旧ソ連で最長です。2013年から2016年にかけて掘られ、路線は2016年6月22日に開通しました。詳しくはアンディジャンとナマンガンのガイドで。

29. 13世紀の王の名を持つヒヴァ行き高速列車

高速列車は2026年5月5日に初運行しました。タシケントからサマルカンド、ブハラ、ウルゲンチを経てヒヴァまでの1,220 kmを、約7.5時間で結びます。名前は最後のホラズム・シャー、ジャラールッディーンにちなみます。タシケントからヒヴァへもご覧ください。

30. 伝説の鳥をかたどったアイスアリーナ

タシケントのは、幸福と自由の象徴とされる伝説の鳥フモにちなんで名づけられ、設計者は建物をその鳥の姿に似せました。2019年3月15日に開業し、アイスホッケーでは12,500人を収容。2024年のFIFAフットサル・ワールドカップでは、決勝を含む27試合の舞台となりました。冬の街の楽しみ方は冬のウズベキスタンで。

これらの事実を自分の目で確かめるには

ここで紹介した事実の多くは、高速列車で結ばれたタシケント、サマルカンド、ブハラ、ヒヴァの定番ルート上にあります。サマルカンドからはシャフリサブズへの日帰り旅でティムールの故郷へ。チムガン周辺の山はタシケントから気軽に日帰りできます。カラカルパクスタンとフェルガナ盆地には、数日の追加が必要です。

日程を決めるなら、まずは月別の天気から。そのうえでツアーカタログを眺めるか、ツアー検索で日程と興味に合わせた3つのツアーを提案してもらってください。

まとめ

  • ウズベキスタンは世界に二つしかない二重内陸国のひとつ。それでも4,600mを超える峰と、偶然生まれた湖があります。
  • ユネスコ世界遺産は8件。最も新しいのは2026年に登録されたタシケントの遺産です。
  • アルゴリズム、ウルグ・ベクの1年、アル=カーシーの円周率、そしてアヴィケンナ――どれもこの地にたどり着きます。
  • プロフはユネスコのリストに載り、ノンには職人のサインがあり、ヒヴァのある祭りには100種以上のメロンが並びました。
  • これらの事実の多くは、タシケント、サマルカンド、ブハラ、ヒヴァを結ぶルート上にあります。

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