
この記事で紹介している場所: サマルカンド · ブハラ · ヒヴァ
夜のサマルカンド、ブハラ、ヒヴァ:日没後の過ごし方
日が沈むと、日帰りの団体客が旧市街を離れ、暑さがやわらぎ、ライトアップが始まります。ご存じですか? レギスタンの「太陽を背負う獅子」は紙幣の図柄に シェルドル・マドラサ(1619〜1636年)の名は、門に描かれた太陽を背負う猛獣に由来します。この図柄は1997年発行の200スム紙幣の裏面に使われました。 詳しく見る →は暗い空を背に金色に輝き、ご存じですか? ブハラの水源はかつて街中の池だった 1620年ごろ造られた46×36mのリャビ・ハウズのような池は、かつて街の主な水源でした。病気を広めるとして1920〜30年代に大半が埋められましたが、リャビ・ハウズは残りました。 詳しく見る →のまわりの石段には家族連れが腰を下ろし、ご存じですか? ヒヴァの「博物館都市」には今も人が暮らす イチャン・カラには、高さ8〜10m、厚さ5〜6mの土の城壁の内側に50以上の歴史的建造物と約250軒の古い家があり、今も路地で家族が暮らし、働いています。 詳しく見る →の路地は自分の足音が聞こえるほど静かになります。サマルカンド、ブハラ、ヒヴァの旅でいちばん心に残るのは夜だ、という旅行者は少なくありません。
私たちはこの土地に暮らし、毎週のようにお客さまの夜の過ごし方をプランニングしています。3つの都市で日没後に何をするか、ライトアップされた広場、フォークロアショー、家庭での夕食、夕日を眺める特等席、そして空気が冷えてきたときの服装をご紹介します。首都については、別の記事夜のタシケントをご覧ください。
3つの都市の夜をひと目で
| 都市 | 日没どき | 日が暮れてから |
|---|---|---|
| サマルカンド | 低い光に包まれるご存じですか? ティムールの墓石はペルシャへ渡り、戻ってきた グーリ・アミール廟のティムールの墓を覆う深緑の軟玉の石板は、1740年にナーディル・シャーが持ち去りました。石は割れ、側近の進言で彼はサマルカンドへ返しました。 詳しく見る →とご存じですか? ティムールのモスクの石を運んだ95頭の象 ティムールのデリー遠征後の1399年に着工したビビ・ハニム・モスクは、帝国最大のモスクでした。約200人の石工が働き、インドから連れてきた95頭の象が資材を運びました。中庭は1万人を収容する計画でした。 詳しく見る → | ライトアップされたレギスタン広場、「永遠の都」、団体向けフォークロアショー |
| ブハラ | 金色に染まるご存じですか? ハーンの一言でマドラサになった隊商宿 ナディール・ディヴァンベギは1622年、リャビ・ハウズのそばに隊商宿を建てました。落成式でイマーム・クリー・ハンが「見事なマドラサだ」とほめ、ハーンの言葉は取り消せないため、門と僧房を加えてマドラサになりました。 詳しく見る →・イスラムの学院。壮麗な正門の奥に中庭があり、その周りに学生の居室と教室が並びます。旧市街では、今は博物館や工房として使われているものも多くあります。の門とご存じですか? 伝説:ミナレットの基礎はラクダの乳で固めた 伝説では、名工バコはラクダの乳で練った石膏でカラーン・ミナレットの基礎を築き、固まるまで2年間姿を消してから塔を建てたといいます。近所の人は今も、彼の墓だという場所を教えてくれます。 詳しく見る → | リャビ・ハウズ、マドラサでのフォークロアショー、照らし出されるポイ・カラーン、家庭での夕食 |
| ヒヴァ | ご存じですか? 伝説:クフナ・アルクの頂には「白い長老」が住んでいた ハーンたちよりずっと前、丘のいちばん高い所の小部屋に聖者アク・シェイフ・ボボ、「白い長老」が暮らしていたと伝えられます。確かなのは、城塞が1686〜1688年に初めて築かれ、その小部屋がのちに物見櫓と火薬庫になったことです。 詳しく見る →の物見櫓、、ご存じですか? ヒヴァ一高いミナレットは築100年余り イスラーム・ホジャ・ミナレットはハン国時代の末期、1908年に着工されました。高さ56.6mで中央アジア屈指の高さを誇り、175段のらせん階段が窓のある頂部へ続きます。 詳しく見る →城壁 | イチャン・カラの静かな路地、テラスでの夕食、イチャン・カラから車で数分、ゴヴク湖のほとりに2025年5月に開業した新しい観光複合施設。ホテルとゲストハウス17軒、3,000席の円形劇場、レストラン、ドームの下のバザール、ゴンドラの運河があります。 詳しく見る → |
サマルカンド:夜のレギスタン広場

レギスタン広場の3つのマドラサは毎晩ライトアップされ、朝に見た広場とはまるで別の場所のように見えます。2月下旬から11月下旬のシーズン中は深夜まで開いていて、21:00には広場で音楽ショーが行われます。冬は開場時間が短くなり、音と光のショーも設備の点検で休止することがあるため、私たちは当日に夜のプログラムを確認しています。
広場には二度足を運んでください。一度目は開場と同時に、人のいない中庭とご存じですか? 傾いたミナレットを技師がまっすぐに 1920年ごろ、レギスタンのウルグ・ベク・マドラサのミナレットが傾いていました。1932年に技師ウラジーミル・シューホフがこれを垂直に戻し、もう1本も1965年に直されました。 詳しく見る →に当たる朝日を、二度目は夕食のあとにライトアップを。滞在中のどの日でも夜のレギスタン広場の訪問を手配できますし、ゆっくり過ごしたい夜にはワインとレギスタン広場の眺めを楽しむテラスでの夕食をご予約します。広場の歴史と3つのマドラサの物語は、レギスタン広場のガイドにまとめています。
サマルカンド:フォークロアショー、「永遠の都」、夜遅くまで開く博物館

サマルカンドの夜は、もうレギスタン広場だけではありません。2026年9月から、市内の主な見どころの開館時間が延びました。グーリ・アミール廟、ビビ・ハニム・モスク、アフラシャブ博物館、ご存じですか? ウルグ・ベクは1年の長さを誤差25秒で測った ウルグ・ベクはサマルカンドの天文台で太陽年を365日5時間49分15秒と算出しました。誤差はわずか約25秒で、1世紀後のコペルニクスより正確でした。 詳しく見る →は23:00まで、ビビ・ハニム・モスクのすぐ隣にある、サマルカンドを代表するバザール。サマルカンドのナン、ドライフルーツ、ナッツ、ハルヴァが並びます。 詳しく見る →は深夜まで営業しています。グーリ・アミール廟がいちばん美しいのは夕暮れどき、畝のある青いドームが残照の空を背に照らし出される時間です。
町はずれの中国と地中海を結んだ隊商路のネットワーク。サマルカンド、ブハラ、ヒヴァはその中継地として栄えました。・サマルカンド観光複合施設にある「永遠の都」は、昔ながらの様式で建てられた11ヘクタールの街区です。ターコイズ色のドームの下に工房が並ぶ路地、、チャイハナ(茶店)。タプチャンと呼ばれる広い木製の縁台で、緑茶やプロフ、おしゃべりを楽しみます。レストラン、野外劇場があります。月曜日から木曜日は22:00まで、金曜日から日曜日は23:00まで開いていて、陶芸や刺繍から書道まで約30の工房の多くが、日が暮れてからも作業を続けています。
団体やカンパニーイベントには、夕食にフォークロアショーを組み合わせます。30分、出演者9名で、水差しの踊り、カザン(大鍋)で米をにんじん、玉ねぎ、肉と一緒に炊き上げる料理。ウズベキスタンのお祝いの席には欠かせず、地方ごとに作り方が異なります。の踊り、婚礼の儀式、ホラズムのご存じですか? ホラズムの踊り「ラズギ」はユネスコ無形文化遺産 ホラズム地方の踊りラズギは2019年にユネスコ無形文化遺産に登録されました。自然の音や愛と喜びを表現し、古代遺跡トプラク・カラの壁画から数百年来の起源がうかがえます。 詳しく見る →を披露します。踊りや生演奏を聴ける場所については、ウズベキスタンの音楽の記事で詳しくご紹介しています。
ブハラ:リャビ・ハウズとマドラサでのフォークロアショー

ブハラの夜は池のまわりで過ぎていきます。リャビ・ハウズが掘られたのは1620年ごろ。いまでは古い桑の木の下、池のほとりにチャイハナのテーブルが並び、二方をクケルダシュ・マドラサとナディール・ディヴァンベギ・マドラサが囲んでいます。日没の少し前に来てください。低い光がナディール・ディヴァンベギ・マドラサの門を照らし、2羽のシームルグが白い鹿をつかんで人の顔をもつ太陽へ向かう姿が浮かび上がります。
4月〜6月と8月〜10月のシーズン中は、ナディール・ディヴァンベギ・マドラサの中庭で毎晩約1時間のフォークロアショーが開かれます。ブハラ、ホラズム、フェルガナ盆地の踊りを生演奏で、演目の合間には民族衣装のファッションショーもあります。夕食付きでもショーだけでも楽しめ、お客さまの席は私たちが事前に予約します。池にまつわる伝説やまわりの建物については、リャビ・ハウズのガイドをご覧ください。
ブハラ:ライトアップされたポイ・カラーンと家庭での夕食

リャビ・ハウズからご存じですか? ブハラの丸屋根の下で両替と金細工が行われた 16世紀の4つの交易ドームが、今も古い交差点を覆っています。トキ・サラフォンは両替商のドームで、インドや中国の商人が貨幣を替えました。トキ・ザルガロンには宝飾職人が、トキ・テルパク・フルションには帽子屋が並びました。 詳しく見る →を抜けてポイ・カラーンまでは約500メートルです。ここも二度訪れてください。一度目は日没どき、1127年から建ち続けるご存じですか? 13m掘っても基礎の底に届かなかった塔 1127年建造のカラーン・ミナレットは高さ約46m。発掘で地下13mまで掘っても基礎の底は見つかりませんでした。チンギス・ハンが破壊を免じたと伝えられます。 詳しく見る →のれんがが金色に染まるころ。二度目は夕食のあと、ミナレットと門がライトアップされ、広場にほとんど人がいなくなるころです。旧市街のまわりには、照らし出されたドームを見渡せるルーフトップカフェがあり、工芸品や刺繍の店の多くも夜まで開いています。
カフェではなく家庭の食卓で夜を過ごしたい方には、送迎付きの地元の家庭での夕食を手配します。食事の制限があれば事前にお知らせください。ミナレットの歴史と伝説はポイ・カラーンのガイドに、日ごとのプランはブハラを1日・2日・3日でにまとめています。
ヒヴァ:城壁とミナレットから見る夕日

ヒヴァはこぢんまりとしているので、イチャン・カラ全体がひとつの夕景に収まります。定番はご存じですか? ハーンの中庭では円い台がユルトを待っていた ハーンの城塞クフナ・アルクには造幣所、武器庫、ハーレムがありました。1804〜1806年の謁見の間の中庭には円い台があり、そこにユルトを建てて、ハーンは草原の遊牧民の使節を迎えました。 詳しく見る →にあるアク・シェイフ・ボボの物見櫓です。頂上からは、太陽が城壁の向こうへ沈むにつれて、ドームやミナレット、平らな土の屋根がひとつの絵にまとまっていきます。
1908–1910年に建てられた高さ56.6メートルのイスラーム・ホジャ・ミナレットは旧市街でいちばん高い場所で、頂上までは175段あります。土の城壁からも屋根越しの別の眺めが楽しめます。ミナレットや城壁に登れるか、何時まで登れるかは当日チケット売り場で決まるため、私たちは事前に登れるとはお約束していません。閉まっている場合は、物見櫓や屋上テラスから同じような眺めが楽しめます。2本のミナレットについては、カルタ・ミナルとイスラーム・ホジャのガイドで詳しくご紹介しています。
ヒヴァ:日が暮れてからのイチャン・カラと夕食

日帰りの団体客が去ると、イチャン・カラはふたたびここに暮らす人々と、城壁の内側に泊まるお客さまのものになります。建物はライトアップされ、路地は静まり返り、昼間には見過ごしてしまうれんがやタイルの細部が光に浮かび上がります。西門のそばに立つ未完成のターコイズ色のミナレット、ご存じですか? 直径14mの土台、高さ29mで止まった塔 カルタ・ミナルは1852年に着工し、70〜80mになる予定でしたが、1855年にハンが没すると約29mで工事が止まりました。全面を釉薬タイルで覆った唯一のミナレットといわれます。 詳しく見る →が、私たちの夜の散策の最後の立ち寄り先です。
夕食には、地元の家庭に招かれての夜、またはワインとイチャン・カラの眺めを楽しむテラスでの夕食を手配します。2日目の夜は、タクシーでアルダ・ヒヴァへ。2025年5月にゴヴク湖畔にオープンした新しい街区で、遊歩道、ドーム屋根のバザール、水辺の野外劇場があります。団体やカンパニーイベントには、ヒヴァ近郊の砂漠の夕べもご用意しています。
夜の服装
3つの都市はいずれも昼と夜の寒暖差が大きいです。4月の夜の平均気温は9–11 °C、10月は5–8 °Cで、3都市のうちいちばん冷えるのはヒヴァです。ヒヴァでは、10月に午後20 °Cあった気温が、夜には約5 °Cまで下がります。春と秋は、暖かい午後のあとでも、夜用にセーターやフリース、薄手のジャケットをお持ちください。夏の夜は暖かく、日没後の数時間が一日でいちばん過ごしやすい時間です。
歩きやすい靴でお出かけください。旧市街の道はでこぼこしたれんがや石で舗装され、ミナレットや物見櫓の階段は急です。礼拝が行われているモスクやマドラサのまわりでは、昼間と同じく夜も肩とひざを覆う服装でお願いします。詳しくはウズベキスタンで何を着るかをご覧ください。
夜のプランニング
- 日没:12月は17:00ごろから、6月は20:00過ぎまで。建物の見学は午前と午後に入れて、夜は空けておきましょう。
- 所要時間:夕食付きの夜の散策で2〜3時間、フォークロアショーを加えるならさらに1時間。
- 各都市でひと晩ずつ:サマルカンドではライトアップされたレギスタン広場、ブハラではリャビ・ハウズとポイ・カラーン、ヒヴァでは物見櫓からの夕日。8日間のウズベキスタン・クラシックツアーは3つの都市をすべて巡り、これらの夜をどれでも組み込めます。
- 移動手段:ブハラとヒヴァの旧市街は歩いて巡るのがいちばんです。サマルカンドではレギスタン広場、グーリ・アミール廟、ビビ・ハニム・モスクが近くに集まっていて、「永遠の都」まではタクシーですぐです。
- 穏やかな夜:日が沈むと広場は地元の家族連れでにぎわい、ふだんの都会での心がけがあれば十分です。旅行中、私たちのオフィスには24/7で連絡がつきますので、夜のプランを変えたいときはお気軽にメッセージをください。



