コンパートメントのヨガマット
ヨガリトリート · ヒヴァ
コンパートメントのヨガマット
金曜の夜にヒヴァへ出発し、城壁の上に昇る朝日を眺め、月曜の朝にはデスクに戻る方法

金曜の夜9時ごろ、タシケント南駅(タシケント・ユジヌイ駅)では、仲間がすぐに見つかります。リュックから丸めたヨガマットがのぞいているからです。その日の朝、この人たちは会議に出席し、「至急」と書かれたメールに返信していました。月曜の朝7時には、再びこの同じホームに戻ってきます。スニーカーの靴底にはキジルクム(「赤い砂」の意)は、アムダリヤ川とシルダリヤ川の間に広がる砂漠。ヒヴァへ向かう道路と鉄道がここを横断します。砂漠の砂。そして、過ぎたのは2日ではなく1週間だったかのような、不思議な感覚が残ります。
そのために休暇を取る必要はありません。必要なのは夜行列車のチケットだけです。
何も求められない14時間
ふつう列車は、休暇へ向かう途中で耐えるものです。しかしここでは、列車そのものが休暇の第一部です。コンパートメントに会議室はなく、「ちょっとだけ」と顔をのぞかせる人もいません。外はとうに暗く、眺めるものもありません。残るのは車輪のリズム、グラスに注いだお茶、そして2日後に砂丘の上で完全な静寂の中、一緒に座ることになる仲間たちです。
道中の夕食は各自でご用意いただきます。車内で買う人もいれば、家から持参する人もいます。土曜日までに考えておくべきことは、それだけです。
土曜日:渋滞で座っている時間より早く横断できる街
列車がヒヴァに到着するのは11時ごろ。一行は駅で出迎えを受けてホテルへ向かい、13時には旧市街で昼食をとっています。
ご存じですか? ヒヴァの「博物館都市」には今も人が暮らす イチャン・カラには、高さ8〜10m、厚さ5〜6mの土の城壁の内側に50以上の歴史的建造物と約250軒の古い家があり、今も路地で家族が暮らし、働いています。 詳しく見る →は、たいてい規模や年代で語られます。しかし実際に最初に気づくのは別のことです。ここでは乗り物が要らないのです。城壁の内側にあるものはすべて近くにまとまっています。ガイドと一緒の3時間で、一行はご存じですか? 直径14mの土台、高さ29mで止まった塔 カルタ・ミナルは1852年に着工し、70〜80mになる予定でしたが、1855年にハンが没すると約29mで工事が止まりました。全面を釉薬タイルで覆った唯一のミナレットといわれます。 詳しく見る →、イチャン・カラの城壁の内側にある、ヒヴァ・ハンの古い城塞兼居城。、ご存じですか? ヒヴァ一高いミナレットは築100年余り イスラーム・ホジャ・ミナレットはハン国時代の末期、1908年に着工されました。高さ56.6mで中央アジア屈指の高さを誇り、175段のらせん階段が窓のある頂部へ続きます。 詳しく見る →、ムハンマド・アミン・ハン・イスラムの学院。壮麗な正門の奥に中庭があり、その周りに学生の居室と教室が並びます。旧市街では、今は博物館や工房として使われているものも多くあります。を巡ります。最初から最後まで徒歩です。一般的な週末旅行なら、たいていこのあたりで誰かが「よし、バスに戻ろう」と言うものです。ここでは、その言葉が出ることはありません。
17時半、一行は街の外へ向かいます。20分後には街が終わり、砂漠が始まります。夕方のプラクティスは、日が沈むその場所で行います。その後ヒヴァに戻って夕食をとり、あとは自由時間です。とはいえ、ほとんどの人は眠って過ごします。
日曜日:プラクティスは暗闇の中で始まる
朝6時、ホテルのテラスはまだ暗いままです。10月下旬、ホラズムの日の出は7時15分ごろ。そのため朝のプラクティスは日の出前に始まり、光が旧市街の城壁に届くちょうどその頃に終わるよう組まれています。この日の出を目にする観光客はほとんどいません。その時間、ほかの人たちはまだ眠っているからです。
朝食後、一行はキジルクム砂漠へ約100キロ車を走らせ、カラカルパクスタン、キジルクム砂漠の縁の丘に残る古代ホラズムの城塞跡。へ向かいます。この要塞は2,000年以上前、オアシスと砂漠の境界に築かれました。それを理解するいちばんの方法は、歩いて丘に登り、実際に何から守っていたのかを見ることです。四方八方、砂ばかりです。昼食はユルトキャンプでとります。ラクダ乗りは追加料金で楽しめますが、まったくの任意です。
午後4時までに、一行は駅に戻ります。列車はタシケントへ向けて出発します。
月曜日、07:00
列車は早い時間にタシケントに到着するので、全員が始業前に帰宅できます。正直に言えば、これは「日曜日に終わる週末」ではなく、「金曜の夜から月曜の朝まで」です。往復の夜行列車が、本来なら失われていたはずの夜を週末に取り戻してくれるのです。
急がないことを自らに教えたインストラクター
「あなた自身が実験です。あなたは実験者であり、実験の結果でもあります。」
カムレシュ・パテル(ダージ)、ハートフルネスのガイド。ディアナはこの言葉をInstagramに固定表示しています。
ディアナ・サマディノワ自身の実験は、2018年8月、ハートフルネス瞑想とともに始まりました。本人によれば、このプラクティスが彼女を変え、それとともに人生も変わったといいます。個人的な関心から始まったことが、今では彼女の職業です。ディアナは認定ハートフルネス瞑想トレーナーであり、ヨガ講師でもあります。運動の中心拠点であるハイデラバード近郊のカンハ・シャンティ・ヴァナム・アシュラムで学び、インドでのリトリートにも参加してきました。基礎となる資格は、国際資格RYT-200(IHYTP)と、Yogaschoolでの指導者養成コースYTTC-100です。
しかし、ディアナがヒヴァで実際にどのようにグループを導くのかを、より雄弁に物語る資格がひとつあります。ヨガ連盟が彼女に発行した、マタニティヨガ(妊婦への指導)の資格です。多くのインストラクターは、もっと先へ、もっと深く、もっと強くと望む生徒に慣れています。ディアナは、まさにそれができない人たちとも向き合っています。そうしたプラクティスでは、ストレッチを限界まで追い込むことに意味はなく、大切なのはどこで止めるべきかを正確に知ることです。ヒヴァへ向かうのは熟練のヨギではなく、1週間の仕事を終えて肩がこわばった人たちで、中には生まれて初めてマットを広げる人もいます。彼らに必要なのは、まさにこういうインストラクターなのです。

夕日のプラクティスも、彼女にとってはおなじみです。9月には、リヴィエラ・モールのテラスでシンギングボウルを使った夕方のセッション「Yoga Sunset」を行いました。あまりに多くの人が集まったため、のちに彼女は「プラクティスを信頼してくれたこと」に対して一人ひとりにお礼を伝えたほどです。ヒヴァでも考え方は同じです。ただし、街のテラスの代わりに砂漠の縁があり、周りにいる人ははるかに少なくなります。
古都も彼女にとって初めてではありません。この秋にはブハラでリトリートを行い、夏にはグループをアイダルクル湖へ案内しました。オフィスを離れて行う企業向けリトリートも手がけており、これまでのクライアントにはTBC Bank、イノベーションセンターUENTER、OXYMED(Asklepiy)、Rano Eco Village、広告代理店BI Media、Safiaなどがあります。デスクから直行してきた人たちとどう向き合えばよいか、彼女はよく心得ています。
この旅には、ちょっとした皮肉があります。ディアナによれば、生まれてから最初の2年間をクリミアで過ごし、7歳になるまで毎夏、イシク・クル湖畔の祖父母の家で過ごしたそうです。大きな水辺の近くで育った子ども時代でした。そして10月、彼女はいちばん近い海まで何百キロもの砂が広がる場所へ、グループを連れていきます。だからこそ彼女は、砂漠の静けさを何かで埋める必要はないと分かっているのかもしれません。
ディアナはグループと一緒にヒヴァへ向かいます。同じ列車、同じ寝台車です。
旅の概要
- 日程2026年10月23日~26日
- 料金お一人様$320(すべて込み)
- グループ人数最大10名
- 早期予約10月2日までのご予約で−10%
含まれるもの:タシケント~ヒヴァ~タシケント往復の列車チケット(寝台コンパートメント)、ヒヴァのホテル1泊(ダブルルーム、朝食付き)、駅とホテル間の送迎、砂漠への移動、イチャン・カラと砂漠でのガイド、イチャン・カラ入場券、土曜日の昼食と夕食、日曜日の砂漠での昼食、インストラクターによるヨガセッション、水、税金。
含まれないもの:往路の列車内での夕食、ラクダ乗り、ミナレットやマドラサの展望台への有料入場、保険、個人的な費用。
持ち物:暖かい羽織りもの。ホラズムの10月の朝は肌寒く、冷え込んだ場合はプラクティスをテラスまたは屋内に移します。
次回出発:2026年10月23日~26日。各グループ最大10名です。
月曜日、朝の会議で誰かが「週末はどうだった?」と尋ねるでしょう。正直に答えることもできます。「2,000年と、一度の日の出」。あるいは、ただ黙っていてもいいのです。それもまた、ヒヴァが教えてくれることです。

