旅程と詳細
ウズベキスタン · 10日間/9泊 · ゆったりペースのプライベートツアー
ゆったり巡る定番ウズベキスタン
タシケント – サマルカンド – ブハラ – ヒヴァ – タシケント
サマルカンドからブハラまでは、ウズベキスタンの高速列車。タシケント〜サマルカンドは2時間30分、タシケント〜ブハラは約4時間。乗車券はパスポートに紐づけられています。 詳しく見る →の座席に座ったまま2時間足らず。空港の列に並ぶこともありません。だからこそ定番ルートは、地図から受ける印象以上に、急ぐ旅が苦手な方に向いています。私たちはシニア世代のお客様の旅と同じように計画します。都市の移動は2〜3日に一度、観光は午前中、午後は休息、ホテルは建造物の近く、そして専属のガイドと運転手がその日の体調に合わせて一日を調整します。
| 期間 | 10日間/9泊 |
| 料金 | お問い合わせください |
| 形式 | プライベート:専属のガイドと運転手、ご希望の日程で |
| 場所 | タシケント、サマルカンド、ブハラ、ヒヴァ |
| 移動手段 | タシケント – サマルカンド – ブハラは高速列車Afrosiyob、ブハラ – ヒヴァは高速列車、ウルゲンチ – タシケントは飛行機。各都市では運転手付きの専用車 |
| ペース | ゆったり:主な見どころは一日一、二か所、午後は自由時間 |
| ベストシーズン | 4〜5月と9〜10月 |
シニア世代の方、多くを見るより一つひとつをじっくり見たい方、長い一日を避けながら定番の4都市を巡りたいご夫婦やご友人に最適です。
ヒヴァ — 行きはブハラから高速列車で約3時間30分、帰りは30 km離れたウルゲンチから飛行機で。砂漠を越える長いドライブはありません。
3泊ずつサマルカンドとブハラに滞在します。長い一日の代わりに、ゆとりのある半日を2回過ごせます。
行程
日程
1日目 · タシケント — 到着と休息
タシケントの空港で運転手がお出迎えし、ホテルへお送りします。この日はほかに予定はありません。冬のダイヤでは、ロンドンやパリからの便は午前6時前に着陸します。早朝に到着する場合は前夜からお部屋を押さえておくので、すぐにお休みいただけます。
夕方に出かけたくなったら、ガイドが市の中心広場であるご存じですか? 伝説:「力は正義にあり」はティムール自身の言葉 1994年にタシケント中心部で除幕されたアミール・ティムール騎馬像の台座には、「力は正義にあり」という標語が4か国語で刻まれています。伝承ではティムール自身の言葉とされますが、歴史家はそれを確認できていません。 詳しく見る →の散策にご案内します。中心部のほとんどのホテルから車ですぐです。
ご案内:夜行便でお着きの場合は、CIPアライバルサービスで優先レーンから入国審査を通り、荷物の受け取りもお手伝いします(リクエストに応じて)。
タシケント泊
2日目 · タシケント — ハズラティ・イマームとイスラム文明センター
遅めの朝食のあと、車で旧市街へ。旧市街タシケントの宗教的な中心地で、マドラサ、金曜モスク、霊廟が集まります。すぐ隣には2026年に開館した新しいイスラム文明センターがあります。 詳しく見る →は、10世紀のタシケントの学者の墓を中心に発展した建築群です。大きな広場のまわりには、16世紀のご存じですか? 別の町に葬られたハーンのために建てられた廟 バラク・ハーン・マドラサは1531〜32年の建立です。二つの廟の一つはバラク・ハーン自身のためのものでしたが、彼はサマルカンドに葬られたため、今も「名もなき廟」と呼ばれます。僧房の扉は象牙で飾られていました。 詳しく見る →・イスラムの学院。壮麗な正門の奥に中庭があり、その周りに学生の居室と教室が並びます。旧市街では、今は博物館や工房として使われているものも多くあります。と2つのモスクが建っています。そのすぐ隣には2026年3月に開館したイスラム文明センターがあり、ソグディアナからアミール・ティムール(タメルラン、1336〜1405年)は、サマルカンドを都としたティムール帝国の創始者。シャフリサブス近郊の生まれです。朝までの展示室が続きます。見学時間枠は事前に予約し、ゆっくり見て回ります。この日の午前中、時間をかける見学はここだけです。
午後は自由時間です。ハズラティ・イマームは現役の宗教施設なので、肩と膝を隠し、女性はスカーフをお持ちください。
タシケント泊
3日目 · タシケント – サマルカンド — Afrosiyobのビジネスクラスで
運転手がタシケント中央駅へお送りします。入口で切符とパスポートを提示し、荷物の検査もあるため、列車の少なくとも30分前に駅に着くようにします。Afrosiyobはサマルカンドまで約2時間30分。夜明け前に起きなくてすむ午前の列車を選びます。
サマルカンド駅はご存じですか? レギスタンの「太陽を背負う獅子」は紙幣の図柄に シェル・ドル・マドラサ(1619〜1636年)の名は、門に描かれた太陽を背負う猛獣に由来します。この図柄は1997年発行の200スム紙幣の裏面に使われました。 詳しく見る →から6 km以上離れています。運転手がホームでお出迎えし、ホテルへお送りします。午後はホテルで落ち着いてお過ごしください。日が暮れたら、ご希望に応じてライトアップされたレギスタン広場へ車でご案内します。
サマルカンド泊
4日目 · サマルカンド — 朝の光のレギスタン広場、そしてグーリ・アミール廟
レギスタン広場は午前8時に開きます。この時間、低い朝日が、広場の西側を閉じるご存じですか? 傾いたミナレットを技師がまっすぐに 1920年ごろ、レギスタンのウルグベク・マドラサのミナレットが傾いていました。1932年に技師ウラジーミル・シューホフがこれを垂直に戻し、もう1本も1965年に直されました。 詳しく見る →を正面から照らします。ガイドと一緒に広場をゆっくり巡ります。2世紀以上をかけて建てられた3つのマドラサがあり、中庭には日陰があります。
そこから車で約1キロ、ティムールの霊廟であるご存じですか? ティムールの墓石はペルシャへ渡り、戻ってきた グーリ・アミール廟のティムールの墓を覆う深緑の軟玉の石板は、1740年にナーディル・シャーが持ち去りました。石は割れ、側近の進言で彼はサマルカンドへ返しました。 詳しく見る →へ。1404年に完成し、ご存じですか? ウルグベクは1年の長さを誤差25秒で測った ウルグベクはサマルカンドの天文台で太陽年を365日5時間49分15秒と算出しました。誤差はわずか約25秒で、1世紀後のコペルニクスより正確でした。 詳しく見る →をはじめ、ティムールの息子や孫たちも葬られています。昼食のあと、午後は自由時間です。
サマルカンド泊
5日目 · サマルカンド — シャーヒ・ズィンダ廟群、ビビ・ハニム・モスク、シアブ・バザール
暑くなる前の午前中にシャーヒ・ズィンダ廟群へ。入口は急な石段で始まります。手すりを使ってゆっくり上り、上で一息つけば、8世紀にわたって建てられたタイル張りの霊廟に囲まれます。今も巡礼の地なので、肩と膝を隠してください。
続いて車で、ティムールの金曜モスクであるご存じですか? ティムールのモスクの石を運んだ95頭の象 ティムールのデリー遠征後の1399年に着工したビビ・ハニム・モスクは、帝国最大のモスクでした。約200人の石工が働き、インドから連れてきた95頭の象が資材を運びました。中庭は1万人を収容する計画でした。 詳しく見る →と、そのすぐ隣のビビ・ハニム・モスクのすぐ隣にある、サマルカンドを代表するバザール。サマルカンドのナン、ドライフルーツ、ナッツ、ハルヴァが並びます。 詳しく見る →へ。ドライフルーツ、ナッツ、お菓子、さまざまな種類のナンが並び、昼食にもよい場所です。
午後、静かに郊外へ出かけたい場合は、13 km先のサマルカンド近郊の村。小川のほとりで今も動く水車小屋で、桑の樹皮から昔ながらの方法で紙が手作りされています。村へ。今もご存じですか? 石で磨き、400年もつように作る紙 途絶えた技を復活させるため1996年に開かれたコニギルのメロス工房では、水車で動く杵が桑の樹皮をつき、一枚一枚を瑪瑙や貝殻、角で何時間も磨きます。およそ400年もつように作られています。 詳しく見る →工房で手漉きの紙が作られていて、川のそばにはチャイハナ(茶店)。タプチャンと呼ばれる広い木製の縁台で、緑茶やプロフ、おしゃべりを楽しみます。があります。
サマルカンド泊
6日目 · サマルカンド – ブハラ — 短い列車の旅、ラビ・ハウズでお茶を
午前は自由時間です。もう一か所訪ねたい場合は、ご存じですか? 7世紀の壁画に描かれた朝鮮半島からの使節 1965年の道路工事で見つかったアフラシアブの「使節の壁画」には、絹を携えた唐の使節などが描かれ、鳥の羽根を冠に挿した2人は高句麗の使節と考えられています。 詳しく見る →へ。ヴァルフマン王が外国の使節を迎える7世紀の壁画が残っています。開館時間は9:00〜17:00です。その後Afrosiyobでブハラへ、2時間足らずです。
ブハラの駅は旧市街から約12 km離れたカガンにあり、運転手がお出迎えしてホテルへお送りします。夕方は、1620年ごろの池を囲む広場ラビ・ハウズで、水辺の広い木の縁台に座って緑茶をどうぞ。
ブハラ泊
7日目 · ブハラ — 朝のアルク城、夕暮れのポイ・カラーン
ご存じですか? 伝説:アルク城は牛の皮で縄張りされた 伝説では、アルク城を築いたのはペルシア叙事詩の王子シヤーヴァシュ。牛の皮1枚で覆えるだけの土地を与えられた彼は、皮を細く裂いてつなぎ、丘を囲みました。実際の丘は2000年以上かけて人が築いたものです。 詳しく見る →は9:00(シーズン中は8:00)に開きます。暑さが中庭にこもる前に着くようにします。スロープを上って門をくぐると、玉座の間と博物館があります。広場の向かいにはご存じですか? ボロ・ハウズの名高い柱はまだ100年余り アルク城の向かいのボロ・ハウズ・モスクは1712年に完成しましたが、最も有名な正面アイヴァーンの細く高い彫刻柱が加わったのは1917年で、小さなミナレットも1916〜1917年の建造です。 詳しく見る →・モスクがあり、彫刻を施した木の柱が池に映ります。
昼食は、ブハラでは昼に食べる料理とされる。カザン(大鍋)で米をにんじん、玉ねぎ、肉と一緒に炊き上げる料理。ウズベキスタンのお祝いの席には欠かせず、地方ごとに作り方が異なります。午後は自由時間です。日が傾いたら、ラビ・ハウズから約500 mのご存じですか? 伝説:ミナレットの基礎はラクダの乳で固めた 伝説では、名工バコはラクダの乳で練った石膏でカラーン・ミナレットの基礎を築き、固まるまで2年間姿を消してから塔を建てたといいます。近所の人は今も、彼の墓だという場所を教えてくれます。 詳しく見る →の近くまで車でお送りします。カラーン・モスクとご存じですか? 500年近く学びが続くマドラサ カラーン・モスクの向かいに1530年代に建てられたミル・アラブ・マドラサは、ソ連時代にも活動を続けた3つのイスラム学校の一つで、今も学生が学んでいます。 詳しく見る →の間に立つ1127年のご存じですか? 13m掘っても基礎の底に届かなかった塔 1127年建造のカラーン・ミナレットは高さ約46m。発掘で地下13mまで掘っても基礎の底は見つかりませんでした。チンギス・ハンが破壊を免じたと伝えられます。 詳しく見る →が、最後の光に金色に染まります。
ブハラ泊
8日目 · ブハラ — アミールの夏の宮殿とサーマーン朝廟
午前中は車で北へ約5 km、ブハラ最後のアミールたちの夏の離宮。19世紀末から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパと中央アジアの様式を取り混ぜて建てられました。へ。1912〜1918年に最後のアミールのために建てられた夏の宮殿で、外観はヨーロッパ風、内部はブハラ風です。館内の博物館にはスザニ、磁器、金糸刺繍が展示されています。帰り道には公園のご存じですか? 泥に埋もれてチンギス・ハンを逃れた廟 10世紀のサーマーン朝廟は、中央アジアのイスラーム建築で最古級の建物です。1220年のモンゴル来襲より前に洪水の泥と砂に埋もれ、何世紀も隠れていたため、れんがのレースのような装飾が無傷で残りました。 詳しく見る →へ。れんがで模様を描いた10世紀の立方体の建物で、朝の斜めの光の中でいちばん美しく見えます。
午後はご存じですか? ブハラの丸屋根の下で両替と金細工が行われた 16世紀の4つの交易ドームが、今も古い交差点を覆っています。トキ・サラフォンは両替商のドームで、インドや中国の商人が貨幣を替えました。トキ・ザルガロンには宝飾職人が、トキ・テルパク・フルションには帽子屋が並びました。 詳しく見る →の日陰を歩くのも、休むのも自由です。夜には、地元のご家庭に招かれての夕食も手配できます(リクエストに応じて)。
ブハラ泊
9日目 · ブハラ – ヒヴァ — 高速列車と、傾いた日差しのカルタ・ミノル
遅めの朝食のあと、高速列車Jaloliddin Manguberdiへ。ブハラには11:00ごろに停車し、2時半ごろにヒヴァに到着します。ヒヴァ駅から城壁までは2 km足らず。運転手がお客様と荷物を、ご存じですか? ヒヴァの「博物館都市」には今も人が暮らす イチャン・カラには、高さ8〜10m、厚さ5〜6mの土の城壁の内側に50以上の歴史的建造物と約250軒の古い家があり、今も路地で家族が暮らし、働いています。 詳しく見る →の中かすぐそばのホテルへお送りします。
ひと休みしたら、ガイドと西門を抜けてご存じですか? 直径14mの土台、高さ29mで止まった塔 カルタ・ミナルは1852年に着工し、70〜80mになる予定でしたが、1855年にハンが没すると約29mで工事が止まりました。全面を釉薬タイルで覆った唯一のミナレットといわれます。 詳しく見る →まで短い散歩を。1852年に建設が始まり、未完成のまま残ったミナレットで、全体が施釉タイルで覆われた唯一のミナレットです。低い日差しを受けて、タイルはターコイズ色に輝きます。夕食は城壁の中で。
ご案内:この列車は日曜日にはタシケントを出発しないため、この日が日曜日にならないようにツアーの出発日を設定します。
ヒヴァ泊
10日目 · ヒヴァ – タシケント — 朝のクニャ・アルク、飛行機で帰路へ
イチャン・カラは約650×400メートル。団体客が着く前の午前中が、いちばん静かな時間です。ガイドと、西門のそばに立つハンの城塞クニャ・アルク、そして212本の彫刻された木の柱が並ぶ広間を持つご存じですか? ヒヴァのジュマ・モスクを支える212本の木の柱 10世紀の記録に登場するジュマ・モスクは1788年に再建されました。正面の門もドームもなく、平らな屋根を17列・212本の彫刻柱が支えています。柱の中には建物そのものより古いものもあります。 詳しく見る →を訪ねます。柱はどれひとつとして同じものがありません。
その後、運転手が30 km離れたウルゲンチ空港へお送りし、飛行機でタシケントへ。タシケントでは国内線が第3ターミナル、国際線が第2ターミナルを使い、約4 km離れています。運転手がお出迎えし、国際線の便またはホテルへお送りします。
ヒヴァで朝を急がずに過ごしたい場合は、もう1泊追加できます。ツアーは11日間になり、私たちもよくおすすめしています。
宿泊
宿泊先
| 都市 | 宿泊 |
|---|---|
| タシケント | タシケント中心部のホテル、2泊 |
| サマルカンド | レギスタン広場まで歩いて行けるホテル、3泊 |
| ブハラ | 旧市街の中かそばのホテル、3泊 |
| ヒヴァ | イチャン・カラの中かすぐそばのホテル、1泊(2泊はリクエストに応じて) |
ご予約の前に、お客様の日程でホテルを確定します。旧市街の小さなホテルにはエレベーターのないところもあるため、1階の部屋かエレベーターに近い部屋をお願いします。
料金
料金
料金はお問い合わせください。日程、ホテル、列車の等級、グループの人数、ガイドの言語によって変わります。
ご案内
条件
- 列車の切符は出発の60日前に発売され、Afrosiyobとヒヴァ行きの列車は売り切れます。日程が決まりしだい予約します。
- 切符はパスポートに紐づけて発行されます。旅行者全員のフルネームとパスポート番号が必要で、ご旅行には同じパスポートをお持ちください。
- ヒヴァ行きの列車が日曜日にならないよう、出発日を設定します。
- 旧市街の石畳は平らではなく、階段のある見どころもあります。滑りにくい靴がおすすめで、ふだん杖を使っている方はお持ちください。車いすをお使いの方や階段が苦手な方は、ご予約の際にお知らせください。駅、車両、ホテルを一つひとつご一緒に計画します。
- 常備薬は処方箋と一緒にお持ちください。また、治療費と緊急搬送をカバーする保険にご加入ください。
- ご予約は、パスポートのコピーをいただいた時点で確定します。
キャンセルポリシー
| キャンセルの時期 | キャンセル料 |
|---|---|
| サービス提供の21日前 | 20% |
| 20~7日前 | 50% |
| 6~0日前 | 100% |
交通手段
| 車両 | グループ人数 |
|---|---|
| Chevrolet Cobalt | 2名 |
| Hyundai Starex | 3–4名 |
| Toyota Hiace / King Long | 5–8名 |
| Mercedes Sprinter | 9–14名 |
車両のメーカーや色は異なる場合があります。
🌿 責任ある観光:利益の一部を社会貢献に充てており、GSTC認証の取得に向けて準備を進めています。
専門家の見解
良い点
- ゆったりしたリズム: 主な見どころは午前中に一日一、二か所、午後はご自由に。
- 移動が少ない: サマルカンドとブハラに3泊ずつ、列車の移動は短く、ヒヴァからは飛行機で戻ります。
- 専属のガイドと運転手: 車はそれぞれの見どころの近くで待ち、その日の体調に合わせて一日を調整します。
注意点
- 10日間で見る場所は少なめ: シャフリサブズ、砂漠の城塞、山岳地帯は含まれず、ルートは定番の4都市に限られます。
- ヒヴァは1泊: 飛行機に乗る前の午前は短めです。2泊にすることもできます。
- ところどころに階段: 旧市街の石畳は平らではなく、ご存じですか? シャーヒ・ズィンダが「生ける王」と呼ばれるわけ この霊廟群は、預言者ムハンマドのいとこクサム・イブン・アッバースの聖廟を中心に広がりました。伝説では彼は戦死せず、深い井戸を下って楽園の庭へ行き、今も生きているといいます。 詳しく見る →には急な石段があります。
AroundCAの数字
数え方
AroundCAの日程表に基づき、このツアーの日ごとの日程に書かれていることだけを数えています。日程に数字がない項目は表示しません。
- ホテルの変更回数
- 3
- 最も長い移動
- 4時間 · 列車
- 歩く量
- 少なめ
おすすめの時期
4月–5月, 9月–10月
4〜5月と9〜10月:ブハラの日中は約23〜24°Cで、朝から夕方まで歩きやすい気候です。
避けたほうがよい時期
7月–8月
7月と8月:7月のブハラは約37°Cになり、午前11時を過ぎると短い散歩でも疲れます。
典型的な1日
7日目は、開門と同時にブハラのアルク城へ。暑さが中庭に届く前に見学し、広場を渡ってボロ・ハウズ・モスクへ向かいます。昼食はプロフ、午後は自由時間なのでホテルで休めます。日が傾いたら車でポイ・カラーンの近くまで行き、カラーン・ミナレットが金色に染まるのを眺めてから、ラビ・ハウズまで歩いて戻り、水辺で緑茶をいただきます。
料金に含まれるもの
含まれるもの
- 列車の切符:Afrosiyob ビジネスクラス タシケント – サマルカンドとサマルカンド – ブハラ、高速列車 ブハラ – ヒヴァ
- 航空券 ウルゲンチ – タシケント
- 宿泊:中心部のホテル9泊(朝食付き)
- すべての送迎と見どころ間の移動に運転手付き専用車
- プログラムの各都市で専属の現地ガイドが同行
- プログラム内の入場料
含まれないもの
- プログラムに含まれない食事と飲み物
- タシケント空港のCIPサービスと駅のVIPラウンジ(リクエストに応じて)
- ブハラでの地元のご家庭との夕食とコニギルへのお出かけ(リクエストに応じて)
- 観光地での写真・ビデオ撮影料
- 国際線航空券、ビザ費用(必要な場合)、旅行保険
- チップと個人的な出費
現地で別途かかる費用
- タシケント空港のCIPサービスと駅のVIPラウンジ(リクエストに応じて)
- 観光地での写真・ビデオ撮影料
- チップと個人的な出費
こんな方におすすめ
- 長い一日を避けながら、定番の4都市を巡りたいシニア世代の方
- 見る場所は少なくても一つひとつをじっくり見て、毎日午後には休みたい方
- 専属のガイドと運転手と一緒に、その日の体調に合わせて一日を過ごしたいご夫婦やご友人
こんな方には不向きかもしれません
- できるだけ多くを見たい方:シャフリサブズ、砂漠の城塞、山岳地帯はこのルートに含まれません
- 段差のない移動が欠かせない方:旧市街の石畳は平らではなく、階段のある見どころもあります(お知らせいただければ、それを避けて計画します)
- グループツアーをお探しの方:このツアーはプライベートのみです
このツアーに関するよくある質問
ツアーの料金はいくらですか?
料金はお問い合わせください。日程、ホテル、列車の等級、グループの人数、ガイドの言語によって変わります。
どのくらい歩きますか?
午前中に短い距離を歩くだけで、車はそれぞれの見どころの近くで待っています。ブハラとヒヴァはコンパクトな街で、サマルカンドでは建造物の間を車で移動します。シャーヒ・ズィンダ廟群は急な石段から始まりますが、手すりを使ってゆっくり上ります。ミナレットに登るかどうかは、いつでもご自由です。
列車ではどのクラスに乗りますか?
Afrosiyobはビジネスクラスを予約します。この列車にはVIPとエコノミーのクラス、食堂車もあります。ヒヴァ行きの高速列車は、ご出発日にあるいちばん快適なクラスを予約します。切符は出発の60日前に発売され、パスポートに紐づけて発行されます。
ヒヴァにもっと長く滞在できますか?
はい、私たちもよくおすすめしています。ヒヴァにもう1泊するとツアーは11日間になり、空港へ急ぐことなく、城壁の中で夕方と午前中をまるごと過ごせます。
歩くことや階段が苦手でも手伝ってもらえますか?
はい。ご予約の際にお知らせください。ホテルにはエレベーターのある部屋か1階の部屋をお願いし、駅や車両のこともご一緒に一つひとつ計画します。タシケント空港には移動が不自由な旅客向けの無料車いすがあり、機内への乗り降りの介助は航空券の予約時に航空会社へ依頼します。
いつ行くのがいちばんよいですか?
4〜5月と9〜10月です。この時期のブハラの平均最高気温は約23〜24°Cです。7月のブハラは約37°Cに達するため、夏は観光を午前11時前と午後5時以降にします。
お探しの答えが見つかりませんでしたか? このツアーについて問い合わせる →
自分だけの旅にアレンジ
追加したい項目にチェックを入れてください。お申し込み内容に反映され、最終料金は担当者が確定します。



